お知らせ(2020/6/22): このブログで新しい胎界主記事を書きました!
胎界主を読もう
Web漫画 胎界主
Web漫画 総天然色長編『胎界主』二部完結しました。全頁無料公開中。内容はダークファンタジー。毎週金曜日に、異色短篇漫画集を更新中。内容はホラーです。
最近WEB漫画「胎界主」をようやく読み、そして感動した。いや、こんなに世界の真実がたくさん書いてある漫画ってあるんですかね!!?作者は尾籠憲一(鮒 寿司)氏。フルカラー漫画をこれだけの密度で描き上げる力はすさまじいとしか言いようがないです1。「胎界主」はその全篇が作者のサイトで無料公開2されているのでみなさん読みましょう。この記事で伝えたいことはこれだけです。終わり!
……PIXIV FANBOXで第三部のロゴが公開されるなどの動きもあり、今が読みはじめるチャンスです(追記: 第三部の更新は始まっております! 公式サイト他、fanboxで先読みできます)。身の回りに読者を増やすため、ここから「胎界主」のことについてたくさん書いていきます。行くぞ!
おおまかな世界観・あらすじ
「胎界主」のおもしろいところはなんといっても第二部のクライマックス「生体金庫」や「胎界主ピュア」だと思うが、そこまでの間には膨大な設定・複雑な物語が展開される。この記事では、読みすすめる際の助けとなるようにあらすじや諸概念を解説していきたいと思う。
「胎界主」の連載は2005年よりはじまり、今のところ
- 第一部 <アカーシャ球体>
- 第二部<ロックヘイム>
が公開されている。
追記: 第三部<翻訳儀典>が公開されました。ウワサによると完結まで12年ほどかかるらしいです。人生か?
作品の舞台となるのは、第一部はソロモンヘイム(≒地球)、第二部はロックヘイムというふたつの生成世界だ。これら以外にも胎界という世界が数多存在し、生成世界を「現実」とするならばこちらは「想像」の世界といってよい。たとえば天界、魔界、地獄のようなところだ。胎界の支配者は胎界主と呼ばれる。
これらの世界では、人間はもちろん、悪魔や神獣、妖魔などが登場し、世界の覇権を争っている。特に悪魔は、配下となる人間によって組織したヘッドという組織で、世界を裏から支配している。3
この漫画の主人公は凡蔵稀男5。人間とバンシー6のハーフだ。彼は地方都市・鮒界市7で公園墓地の管理人兼「亡くし屋」をやっている。そんな彼がある日<本>8を手にし、悪魔の派閥争いに巻き込まれていく。じつは彼は、強大な力をもつ「真の胎界主」と目される者だったのだ……といったようなあらすじになる。のかな9?
一話目から様々な設定が登場し、圧倒されることもしばしばある10と思うが、それもまた魅力のひとつだし、はじめて読む際はわからない部分があってもおおらかに読み進めていくのがよいのではないかと思う。2周3周してもどんどん味わいが深まっていく漫画なので……11。
「胎界主」ってどういう存在?
さて。作品のタイトルにもなっている【胎界主】とはどういった存在なのだろうか。それは……これが作中の正式な定義を説明できているかどうかわからないが、
「たましいの力」によって創造行為を行う人間
のことだ。この創造行為というのは、芸術作品などに限らない。「言語、芸術、思想、哲学、思い描く未来や、状況など」をも含んでいる。
「胎界主」の世界観においては、人の自由意志をともなうたましいの力は、世界のすがたを定めたり、導いていくことができる。「自由意志」というのが重要で、ただ刺激に反応し、環境に適応して生きていくだけでは世界を変えることはできない。ルーチンワークに煩わされるアリではなく、飢えるとも何かを創造するキリギリスの生き方を。それが胎界主たるものの生き様だ。これはもちろん楽な生き方ではないが、ただ流されて生きることを、穴を掘ってまた埋め戻すような人生を拒否した以上、そうするしかない。
いっぽう、胎界に取り込まれた人間は胎界物と呼ばれる。胎界物は、胎界主の作る世界観に巻き込まれ、翻弄されるしかない。胎界物という呼び方は、作中ではおおむね蔑称として用いられている感がある。
世界史上著名な胎界主にはソロモンがいる。彼は帝国を築き上げ、魔王を使役し、この世の栄華と叡智を極めつくした。これは胎界主でなくてはできないことだ。また彼は銀の法則12など、人間にとって有用なものを定めもした。
彼は作品の開始時点では生成世界を突き抜けて「原典13」に堕ちてしまったということになっている。だが彼は現世に、生成世界に帰還しようとしている。彼の執念深い試みも、この漫画の見どころのひとつである。裏の主人公のような存在だと言ってもいい。
運ぶ力
さて、先述したようにこの物語の主人公は凡蔵稀男。彼は強大な運ぶ力の胎界主だ。「運ぶ力」は運≒マナをあやつる力で、マナを消費することで出来事を操作することができる。マナによって左右できるのは蓋然的なできごとだけで、「昇る朝日を二つにしろ」といったような願いはどれだけマナをつぎこんでも叶えられない。稀男はこの運ぶ力と、策を思いつく天性の才能で、あらゆる窮地を(命からがら)切り抜けていく。
そして――いささか抽象的なものいいになるが、運ぶ力の胎界主が自由意志に基づいた選択をすればその方向にものごとは進んでいく。「運ぶ力」は、ランプから出てくる魔神のように願いを叶えてくれるわけではないが、ものごとを確かに意図した方向へと運んでくれる。
しかし、稀男の抱える内面の問題も含め、ものごとを「運んで」いくことはなかなか容易ではない。運ぶ力というのは成功の約束ではないし、保証付きの人生を歩めるということでもない14。たとえ運ぶ力をもっていたとしても、成功へと至る道は苦しいのだ。それでもなお、運ぶ力は、胎界主の選択を実現させていく。これらふたつのことは矛盾しない。
この能力は当然のことながら重宝され、たとえば悪魔は種族の滅亡を避けるために真の胎界主を求めている。
また、ひとつの事象に対して複数の「運ぶ力」の胎界主がいれば、そこには乱流のようなものも生じる。だれの運ぶ力が人々を「本物」「真実」「主流」に至らしめるものなのか、ということも問題になってくるのだ。傍流、行き止まりのようなところに運ばれたとしても、それでは意味がない。「主流」でなくては。
どれだけ強くても、一見成功しているように見えても、「主流」でなければ意味がないというのは、「胎界主」において明確に打ち出されている主題のひとつといっていいだろう。単なる戦闘力の高低ではなく、本物であるかどうかが、ここでは問われている。
ちなみに、作中には運ぶ力以外にも「暴れる力」「癒す力」など、さまざまなたましいの力が登場する。「ふざける力」なんてのも……15。
創造するたましい
「胎界主」には人間以外にも悪魔や神獣、妖精といった様々な種族が登場するが、それらと人間のもっとも大きな違いは何か。それは、たましいの有無だ。この世界においては、人間だけがたましいをもっており、先述したように、創造行為を行うことができる。たましいは胎界や生成世界の外にあり、原典に最もちかいものだ。
たとえば作中には魚成 勇という小学生の胎界主が登場する。彼はクラスではそこまで目立った人物というわけではないが16、めちゃくちゃおもしろい小咄を作りためていて、それを時たま人の耳にささやく。これが(ささやくだけなので漫画読者が知ることはできないが)半端なくおもしろいらしく、作中のシリアスなシーンでも何回か役に立つほどだ。これとて胎界主でなくてはできないことで、魂のない悪魔や神獣には、「こんなこと」すらできないのである。
作中の理屈としては、創造行為というのはたましいの力によるもので、それはある意味で<原典>を翻訳したものだ。翻訳は創造行為たりうる。というのは、現実世界の小説や詩の翻訳に際してもいわれることだが17……「胎界主」の世界における<原典>からの翻訳もまさにそのとおりだ。それは狂気の沙汰でもあり、偉大な行為でもある。
胎界主の魅力
時に。「胎界主」という作品にテーマがあるとすれば、「絶対と相対」なのではないかと思う。作中では「真の胎界主」という言葉が取り沙汰されるが、どうやら真の胎界主として世界を完結させるには相対的な承認ではなく信仰が必要らしい。
「真の胎界主」が存在するのかどうかも実際あやしい18のだが、もし存在するとすれば。作中で最も「真の胎界主」に近づいたのは、第二部で活躍するピュアだろう。ピュアは自分の足下に「主流」が流れていると信じてやまず、そこへと人々を導こうとする。彼は「主流」以外のものごとをまがい物、「傍流」だと断じ、認めない。他者の価値観を認めないという生き様は、個人主義や科学的思考に馴らされた我々からすると一種異様にみえる。「感じ方は人それぞれだから」「何が好きかは人それぞれだから」「この状況においてはこれは真だ」といった物言いは、われわれからするとごく良識的なものに思える。だが彼はそれを認めない。ピュアは、ただ人々に、己の後についてくるよう言うだけだ。
……というふうに説明すると、ピュアが単なる暴君のようにみえるかもしれない。しかしピュアは周囲に対する軽蔑も見下しもなく、これをやってのける。その姿は――善し悪しは別にして――すばらしい。ひとりの人間の身で、価値観を世界に合わせるのではなく、世界を価値観に合わせようとする、その傲慢で反動的な試みに拍手を贈りたくなる。
また、「胎界主と胎界物」という作中の関係も、現実世界におけるなかなかシビアな問題と対応しているのではないかと思っている。何も創れない人間は、胎界物として生きるしかないのか。胎界主になったとしても、その向きが誤っているとしたらどうなのか。この点においては「胎界主」はあまり優しい話とはいえないと思う。胎界物、従属するものとしての生き方に否を言う作品だからだ。もちろん、それはそれで幸せな生き方だということも言われているのだが――いささか奇矯な言い方になるが、この漫画の読者で、胎界物という生き方に満足するような人はいないだろう。
全体的な流れ
最後に全体の流れを概観してみよう。
第一部は稀男を中心とした一話完結の伝奇もののような体裁をとっている。稀男は、ヤクザや東郷家19との関係を含め、先述したような悪魔の派閥争いに巻き込まれていく。
なんかヤクザの抗争のあたりは妙にややこしいが、
- 東郷家
- 久松組
- ヘッド20
- 連合
- 渾菜組
- 連合
という親子関係になっているんだなあと思ってなんとなく読んでいけばよいと思う。別にこの関係が理解できなかったからといって「胎界主」がわからないということにはならないし……。連合が、ヘッドが、と言っていたら裏に悪魔がいるんだなと思っておけばよいだろう。
一話完結とは言ったものの、もちろん話の大きな流れはあり、特にヘッドの暗殺リストに載っている
- レックス
- 塔の男
- 東郷の現当主21
の三人は展開の軸になっていく。特にレックスにまつわるエピソードは読者に強烈な印象を残すに違いない。
第二部は――これも先述したが、ロックヘイムという世界が舞台になっている。第二部のストーリーもなかなか複雑だが、ピュアを中心として様々な陣営・人物が司神22を降臨させるレースをしていると思って読めばよいだろうか。お好みの司神を降臨させると、お好みの世界を作り上げることができる。
そう。先述したが、第二部は、直接的にも間接的にもピュアの物語だといってよい。ピュアは主人公・稀男を凌駕するほどの強大な運ぶ力の胎界主23で、「自分を信じる」ことにかけてはもはやバケモノのような存在だ24。運ぶ力があるのだから、ピュアを信じさえすれば成功する。だが多くの人々が、そんなことすらできずに去っていった。ピュアの言う「信じる」ことの重みは、すさまじすぎるからだ。
第二部の終盤には生体金庫というエピソードがあるが、これは第一部・第二部を通していちばんアツいところと言っていいのではないかと思う25。骸者陣営が、自分たちの存亡をかけて生体金庫バハムートに挑む。これは、陳腐な言い方になるが「信じること」の尊さを何よりも教えてくれる話だ。真祖吸血鬼やレイス26といった、いつもなら人間など慰みもの程度にしか思っていない神獣たちが、そんな人間・ピュアを信じて種族の命運を賭けるさま。到底信じられないような細い細い勝ち筋しかないのに「ピュアを信じているから」という理由だけで絶望的な攻勢を続けるその美しさ。彼らは自分たちが勝てるなどと信じていない。ピュアだけを信じている。
ここに関しては読んでもらうしかないのでネタバレは避けたいが……読むや読まざるやは皆さんの自由意志に任せたいと思う。
おわりに
胎界主、読みましょう!
とてもあり得ないことではあるが、もし僥倖とでも言える奇蹟が起こって、愚かしさがもはや存在しない世界ができたときのことを考えて頂きたい。恐ろしくないか。あらゆる判断が正鵠を射ていて、あらゆる思想が熟考に熟考を重ねた結果で、あらゆる議論が論理的になされるような世界が想像できるだろうか。恐ろしいことに知性だけがひとり沙漠に残されたらどうなってしまうのか。
「珍説愚説辞典」序文より
追伸
- 作者公式サイト内で漫画のセリフ検索ができるのがめちゃくちゃ助かりました。
- wikiの人物相関図がややこしすぎて好き。これを見ながらでないと「胎界主」は読めない。「ダンジョン飯」九井諒子先生の手になるものだという。特級遺物感ありますね。
- ささやかながらPIXIV FANBOXで支援させていただいております……。
- 昔は高解像度版の有料販売もされていたが、今では無料でしか読めなくなっている。
- しかし悪魔たちの中でも派閥抗争が絶えず、四大魔王も崩御が近づいている。
- この記事では原作の画像を引用させて頂いています。引用の仕方に問題があった場合は速やかに対応させていただきます。
- 「胎界主」にはけっこう「どんな名前やねん」というキャラが出てくる。ドムドム・チズ・バーグとか。
- 闇の妖精。「いのちの緒」という生命力のしるしのようなものを見ることができる。
- 初歩的な話だがこれの読み方の正解がわからない。ふかいし? ふなかいし?
- 世界の「外」を認識するためのもの。様々な法則(司神や神獣の召喚方法、銀の法則、躰化の術、etc…)が記述されている。ソロモンが神から賜ったらしい。ページは一見すると白紙にみえるが、「ピースが揃う」と読めるようになる。
- ネタバレ防止という意味もあるが、どんなあらすじを書いてもウソに思えてしまう。
- 「第一部第一話から読むのがいちばん難しい」と囁かれるほどである。
- 特に2周目は、グッと見通しがよくなってうれしい。
- いかなる魔物も銀によって傷つけることができるという規則。作中では、高価な銀に設定したソロモンは庶民の心を知らないと揶揄されている。
- あらゆる世界の外側。アスタロトいわく「時間さえ始まっていない 無よりも前の 『原典』としかいいようのないそこ」のことで、<神>がそれを翻訳して世界を創造したという。
- ここらへんはかなり胎界主の本質に近い部分だと思う。
- 胎界主、ギャグ漫画としてのポテンシャルもかなり高いと思います。
- いやまあ田豚をアカーシャ球体でブチ上げたりしてますけど。
- 特に詩の翻訳は、リズムの良さや押韻が重要になってくるので翻訳による再創造の幅が大きい。と思う。
- ソロモンの施した「設定」のひとつだといわれているが、三部のサタナキアの発言を見るとまた怪しくなってきた。
- 西海道(現実世界でいう九州)を実効支配する激ヤバ一家。苛烈な階級制度と実力主義で支配の手を各地に広げ、ヘッドとも殴り合ったりしている。
- 悪魔の代行組織。ヤクザにとってのフロント企業のようなものか? ベールゼブブいわく、悪魔は何も創れない「頭」として「手足」たる人間を使うからヘッドというらしい。
- 第一部のときは東郷正義。
- あらゆる法則の外にある古の神々。<神>によって狂わされたと言われている。
- これが575になってるの、いいですね……。何が?
- 一方、稀男はなんにも信じてないところが対比としてアツい。
- もちろん最終話「胎界主ピュア」も素晴らしいことは言うまでもない。単にアツさの問題です。
- 死の司神オシリス=ハデスの神獣。自らの死を認めない限り死なない(!)。ぼくはこの設定が好きです。