はじめに
人類初のエベレスト無酸素登頂3に成功したラインホルト・メスナーは、頂上までの最後の100mを進むのに1時間を要したという。
二,三歩進むたびにピッケルの上にうずくまり、口を大きく開けて、筋肉を動かそうと必死で息をした……標高八八〇〇メートルになると、休憩中はもはや立っていられない。がくりと膝をつき、ピッケルにしがみついて……一〇歩か十五歩進んでは、雪の中に倒れて休憩し、また這っていく。
「人間はどこまで耐えられるのか」p50、ラインホルト・メスナー本人の弁
標高8000m以上の地帯は一般に「デス・ゾーン」と呼ばれている。デスゾーンに長い間とどまることは危険で、徐々に高さに体をならしていくという方法はここでは通用しない。エベレスト山頂付近の気圧は標準気圧の1/3ほどしかなく4、身体機能は急激に低下していく。
どのくらい耐えられるの?
この本にはこういったような人間の限界について、詳しいデータを交えつつ5も、わかりやすく書かれている。とりあげられている「限界」は以下の通りだ。
- どのくらい高く登れるのか
- どのくらい深く潜れるのか
- どのくらいの熱さに耐えられるのか
- どのくらいの寒さに耐えられるのか
- どのくらい速く走れるのか
- 宇宙では生きていけるのか
- 生命はどこまで耐えられるのか
がんばれ!人類
さて、この本、かなりの頻度で異常なエピソードが飛び出してくるので読んでいて飽きない。どうも人類にはチャレンジ精神がありすぎる。誰か止めてくれ。
甘酸っぱい酸素
スキューバダイビングにおいて酸素中毒が問題になることがある。高圧の酸素6を呼吸すると、その圧力の程度にもよるが、激しい痙攣の発作がおこる。生物学者 J・B・S・ホールデン7による報告を見てみよう。
かなり激しい痙攣が起こり、私の場合、そのときに傷めた背中は一年後の今も痛みが取れない。痙攣は二分ほど続き、その後は無力感に襲われる。突然、極度の恐怖を感じ、鋼鉄製の高圧酸素室から逃げ出そうと空しくもがいた。
J・B・S・ホールデンの報告
ホールデン自らも実験台となっての実験により、七気圧で純粋酸素を呼吸すると5分たらずで痙攣をおこすことがわかった。七気圧の酸素は通常のものとやや風味が異なっており、「気の抜けたジンジャービール」もしくは「砂糖を少し加えた薄いインク」のような味がするらしい。原理はわからんがとにかくすごい迫力である。
気温105℃の部屋
日本の夏場、気温が40℃近くなると、外出したとたんにとても生きていられないような気分になる。だが、サウナの中で100℃近くの熱にさらされるのを心地よいとさえ感じる人は多いだろう。この違いは何かというと、ひとつには湿度である。空気が十分に乾いていて、発汗による体温調節ができれば人はかなりの高温にも耐えることができる。このことを示すエピソードが本書には挿入されている。
一八世紀も終わりに近づいたある朝、ロンドンのロイヤル・ソサエティーのチャールズ・ブラグデン会長は、数個の卵と一枚の生肉、そして一匹の犬とともに気温一〇五℃の部屋に入った。十五分後、卵は固ゆでになり、ステーキはかりかりに焼けて、ブラグデンと犬は元気に歩いて出てきた。正確に言うと、犬は足の裏をやけどしないようバスケットに入れられていた。
本書 p130
また気合が入ったひとが出てきた。いってみれば「俺が証明だ!」ということだろうか。犬って汗腺少なそうだけどだいじょうぶかなあ。
余談だが、ブルドッグは体の構造上暑さにたいへん弱く、ブルドッグとその飼い主が集う「ブルドッグ会」は空調がよく効いたところや涼しいところで行われることが多いらしい。今日の豆知識でした。
etc…
この他にも様々なエピソードが紹介されているがここまでとしたい。第四章(どのくらいの寒さに耐えられるのか)はなかなかコクが深い話が多かった。グロテスク?なエピソードもちょこちょこある。
こんな人におすすめ
- 自分の限界に挑戦したい
- 生き残るすべを知りたい