「完全自殺マニュアル」鶴見済

はじめに

完全自殺マニュアル

その時には、人々は死を求めても与えられず、死にたいと願っても、死は逃げて行くのである。

ヨハネの黙示録 9:6

この本はたいへんに有名である。初版は1993年、すなわち平成5年の7月。まえがきなんかは前世紀末の香りが漂うが、全体としては思想のない自殺マニュアル(ケーススタディつき)となっている。

“デカイ一発”はない

ボクはいつだって「デカイ一発」を待っていた。20年前学生が暴れていた時、「お、デカイやつがくるぞ!」と思った。アポロが月に行ったり、石油がなくなりそーだったり、ソ連がどっかに侵攻したり、昭和が終わりそうだったり、そのたびに「今度のはデカいぞ」と思った。だけどどれも震度3、ブロック塀が倒れるテード。顔をみあわせ、「すごかったね」で笑って終わりだ。

しりあがり寿『夜明ケ』あとがきより

核戦争の危機や地球温暖化の亢進、ノストラダムスの大予言、地磁気の反転、死海文書の予言、猛烈な太陽フレア、宇宙人の侵略、はたまたマヤ文明の暦にいたるまで、世界の滅亡はしばしば囁かれてきた。

だけれども、世界は終わらないというのは今のところ事実でありつづけている。

実は平行宇宙はつぎつぎと終焉を迎えていて、それらのイベントをすべて回避した宇宙にいるぼくがこの記事を書いている可能性もあるが、これについては知るすべがない。余談だが、宇宙破壊コンピュータを考えるとNP完全な問題が効率的に解けたりするらしい。計算機科学っておもしろいですね。ほんとに余談でした。

閑話休題。この本は「デカイ一発」をうしなった時代の、出口となることを企図して書かれたものだと思われる。もっとも単なる自殺マニュアルの意味・・を考えるのはむだなことと言われるかもしれないが。

とりあえず首吊り

これは逆。

さて、本書では「首吊り以上に安楽で確実で、そして手軽に自殺できる手段はない。1」と結論されている。息ができなくて苦しいというイメージを持つひとも多いかもしれないが、「首吊り」と「首絞め」はちがう。

脳に血液をおくる血管はおもに頸動脈椎骨動脈のふたつである。椎骨動脈は背骨の中を通っていく2ので頸動脈にくらべてふさがりにくい。「首絞め」では頸動脈だけがふさがれるため失神にはいたらず窒息死となることが多いが、「首吊り」はそうではない。「首吊り」では斜めの角度がつくことによって椎骨動脈と頸動脈が同時にふさがれ、瞬時に意識が喪われる。

また、首吊りというと天井や木の幹などある程度の高さが必要というイメージがあるが、実は高さは30cmほどあればいい。階段の手すりに紐をかけて死んだひともいるぐらいである。血圧が170mmHg3のひとならば頸動脈は3.5kg、椎骨動脈は16.6kg程度の力でふさがる。だから、たとえば体重が65kgだとすると、その25%ぐらいの重さがかかれば十分だということになる。膝をついたままでも自殺できる道理である。

自殺・手段別の状況

首吊りは実際に多くのひとによって選択されている。4

平成 29 年の自殺の状況 – 厚生労働省第1-29図

首吊りはどの世代でも圧倒的な人気だ。女性には飛び降りと入水が人気のように見えるというのもなんだか興味深い。ただ、自殺者の男女比はおよそ7:3であるから、女性のほうが一部の自殺者によって割合が動きやすいのかもしれない。

7〜8階から飛び降りろ

巌頭之感
悠々たる哉天壤、遼々たる哉古今、五尺の小躯を以て
此大をはからむとす。

ホレーショの哲學竟に何等のオーソリチィーを價するものぞ。

萬有の眞相は唯だ一言にして悉す、曰く、「不可解」。
我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。
既に巌頭に立つに及んで、胸中何等の不安あるなし。

始めて知る、大なる悲觀は大なる樂觀に一致するを。

巌頭之感・オリジナル

日本一有名な投身自殺者は藤村操であろう。彼の名前はその遺書「巌頭之感がんとうのかん」とともに遺され、華厳の滝は自殺の名所となった。

さて、飛び降り自殺の際に気をつけるべきことは高さ落下地点の二点のみだ。落下地点は植え込みやトタン屋根をさけ、コンクリートなど硬いところをえらべばいい。次に高さについてだが、本書「完全自殺マニュアル」推奨の高さは20m以上、ビルの高さにすると7〜8階ほどである。飛び降りる高さx(m)と速さv(m / s)の関係は、gを重力加速度(9.80665 m / s2)とすると、高校物理で習う公式

$$v^{2} – {v_{0}}^{2} = 2gx$$

から5

$$x = \frac{1}{2g}v^{2}$$

だとわかる。x = 20を代入すると、地面についたときの速度は71km/sとなる。車でこの速度を出しながら壁に衝突したときのことを考えると、まあ死ぬるかなという感じである。また藤村操のように断崖から飛び降りる場合だと、道中で岩にぶつかったりして、頭や腹、手足など、複数の場所に傷を負う場合が多いようだ。

ところで、飛び降りている最中にひとは何を思うのだろうか。実際のところ、走馬灯のような体験――安らかな気持ちになって、子供の頃の記憶を思い出したり、神々しいひかりが見えたり、落ちている自分を上から見下ろしたり6――をすることはあるらしい。「地面に着いたとき、痛みを感じてたかどうかは覚えてない」「あれに比べれば注射のほうがまだ痛い」という自殺未遂者のコメントもある。注射、すごいなあ。インフルエンザの予防接種とか痛いもんなあ。

入水願い

有名なブルー・ホールとやら。

当たり前ではあるが、入水自殺は泳げないひとに人気だ。泳げる人だと、水に飛び込んではみたものの決心がつかなくてパチャパチャやっているうちに救助されてしまう、なんてことにもなりかねない。

しかし、泳ぎが得意なひとでも溺死することはできる。海に入って、波の高くなる沖までどんどん出ていくと、そのうち口から水を飲んでしまう。それが耳管のほうに入っていくと、水のピストン運動によって三半規管が傷つき、機能障害がおきる。こうなると、前後左右上下がわからなくなってしまうので、助かろうと必死で海底に向かって泳いでいくといった状況さえおきうる。これならグッドスイマーでも死ねる。

From Wikimedia Commons,By lain ,CC BY-SA 3.0
12が耳管、9が三半規管。

また、入水自殺は海や川にかぎられるわけではない。水たまりでも洗面器でも洗濯機でも便器でも溺死することができる。かわった方法としては、水をいっぱいにはったドラム缶7にお尻から入りこむという方法があって、抜け出せなくなって溺死するらしい。なんとなくマヌケな感じがするが死は死である。

おわりに

この本の初版が出た当時、地下鉄サリン事件も9・11同時多発テロも起きていなかったと思うとなんともいえない気分になる。世界ってほんとうに終わらないんだなあ。カート・コバーンもアイルトン・セナもまだ生きていた。古い本ばかり読んでいるのでふだんは出版年のことはあまり考えないが、この本に関してはそういう気持ちになった。

こんな人におすすめ

  • 自殺の各手法について知りたいひと
  • 最後の切り札を本棚にかくしておきたいというひと
  1. p56。
  2. だいぶ雑な書きかたをしているがご勘弁を。頚椎の左右にある孔をとおっていくらしい。
  3. 本書の記述によるが、けっこう高血圧な気がする。
  4. この章の記述は本書ではなく「平成 29 年の自殺の状況 – 厚生労働省」による。
  5. この場合は初速度v_0はゼロなので
  6. 一過性・急性の解離性障害とでも言えるのだろうか。
  7. 倒れないように固定しておく。