アイヌのクマ撃ち
この本の語り手・姉崎等さんは、生涯で60頭以上のクマをしとめた狩人である。アイヌと日本人の混血であることから狩猟を教えてもらえず、クマの歩いたあとを通ってがむしゃらに山に入っていくことで山歩きを、狩猟をおぼえたというから驚きだ。
小3から家計を支えるために狩猟をはじめ、樺太でソ連の戦車をしばいたりしばかれたりしているうちに終戦をむかえるなど、生い立ちのエピソードからしてコクが深すぎる人である。だが、まだまだこんなものではない。全体にただよう本物の男感は本書を読んで味わっていただくとして、姉崎さんが生涯でいちばん危険だったと語ったクマとの遭遇を紹介しよう。
それでもクマに勝てるんだ
……クマが私に飛びつくために右に左にウワッ、ウワッ、ウワッ、と顔を出す。黒い顔に真っ赤な口。そこに真っ白な牙がガチガチガチ。うなりと、ガチガチいう歯ぎしりが速いんですよ。そして飛びつこう飛びつこうとする。
(中略)
私の愛用の村田銃は、はた目から見たらおよそ鉄砲と見えるような銃ではないんですよ。全くその辺の雑品屋にあっても不思議ではないような銃で、弾が出るというだけのものです。それでもクマに勝てるんだ。私にこれさえあればお前に勝てると。クマをクマって思わない。お前、俺。そういう感じでしたね。これさえあれば俺はお前に勝てる。そうしているあいだにもクマは私を襲おうとしている。……
本書第5章、p222
すごい心情描写である。お前、俺。これさえあれば俺はお前に勝てる。ガラクタのような単発式の村田銃。それでもお前に勝てるんだ。漫画化してほしい。劇画調で。この後は雨の降りしきるなか壮絶な死闘を演じ、あたりが暗くなってしまったので退却するも、翌朝心臓に弾があたって死んでいるクマを発見する。
ちなみに姉崎さん、心理戦も強い。ある日運悪く倒木をはさんでクマと向かい合ったとき、クマの気が鎮まるまで、息の吐き方がやわらいでくるまでゆっくり待ってから一発ドンと心臓をぶち抜いたりする。いや、そこはクマと心を通わせて山にかえしてあげる展開だと思うじゃない1。リスク管理がしっかりしてるなあ。
クマにあったらどうするか
この本、出版する側は「実践的クマ対処法を伝授!クマと人間の共存の形は」みたいな感じで書いているようだし、実際最後のほうにはそういう話も出てくるのだが、大半は姉崎さんの異常な2エピソードで埋め尽くされているのでまあそういうのを期待して読むのがよいと思う。著者のお二人ごめんなさい。「アイヌの狩人の濃厚すぎる生き様!」みたいな宣伝だと売れなそうだもんなあ。ぼくは買いますけど。
さて、クマにあったらどうするかということだが、姉崎さんは
逃げるということは一番駄目です。どんなことがあってもクマに背を向けるということは一番よくないです。まず絶対に背を向けない。
p232
と述べる。クマは動くものを追いかけ襲ってくるので、その場に棒立ちになって「ウオーッ」と大きな声を出してクマをにらみつけるのがいちばんいいようだ。相当にメンタルが強くないとできなさそうな対処法である。これができなかったら、その場で腰を抜かして座り込んだり、死んだふりをするのも、背中を向けて逃げるよりはマシだという。
ただしクマは動くところをかじるので、ひとたび死んだふりをしたらクマが完全に立ち去るまで動いてはいけない。このことの例として地下足袋ごとカカトをかじられて骨が出てしまったひとのエピソードが出てくるが、顔面をかじられないように我慢してじっとしていたらしい。極限のポーカーフェイスである。
武器としては、尖った棒などはクマを本気にさせてしまうのでダメ。柴(細かい枝がたくさんついてる枝)やベルト・縄(クマは蛇をたいへん嫌う)を振り回すのが有効だという。
ぼくの人生にクマが出現することはとうぶんなさそうだが、出会ったらこれを思い出したいと思う。イノシシと遭遇することはまあまあありそうなのでそっちの対処法も誰か教えてほしいなあ。
こんな人におすすめ
- 本物の男の生きざまを味わいたい人
- クマに遭ったときの対処法を知りたい人